2026/05/25 11:41
紹介文
第一部
花房探偵事務所の探偵あきら。
その、東京と神奈川での活躍を交えたお話です。
笹ヶ瀬正夫は、新宿区の四谷で偶然に出会った女優の遠藤美恵子と意気投合します。
その後、美恵子の誕生日の仮面舞踏会で盗難事件が起こるのですが・・・・・。
更に正夫は最愛の女性、香織とめぐりあうのですが、香織が失踪してしまいます。
これらに探偵あきらが乗り出してくるのです。
その可哀そうな真実とは・・・・・。
第二部
大学生の正夫は、アルバイト先のカフェバーで見かけた女性客に惹かれるのです。
山崎聡子という、その女性は同じ大学の学生だったのです。
同居するほど仲良くなるのですが、正夫は浮気をしてしまいます。
はたして正夫の恋の行方は・・・・・。
第三部
笹ヶ瀬正夫と山名三代子は大学の先輩と後輩でした。
湘南海岸で出逢った二人は急速に仲が深まります。
湯河原の山名御殿と大磯の別荘に招かれる正夫。
愛し合う二人は大磯の別荘で暮らすことになるのでした。
そんなとき、三代子が誘拐されます。
麻薬の絡んだこの事件。
正夫と三代子の運命の歯車もくるってまいります。
探偵あきらも大奮闘。
麻薬の恐ろしさを知らしめるこの事件は、いったいどうなるのでしょうか・・・・・。
(この作品は、400字詰め原稿用紙154枚の作品です。)

はじめに
長い間住んでいた湘南は、東京ともども懐かしいのです。
それで湘南にちなんだ物語を書いてみたくなりました。
皆様にも楽しんで頂ければ何よりです。
湘南海岸物語
藤本英明
第一部
東京は暖かく、青空が広がっていました。
笹ヶ瀬正夫はスマホで映画音楽を聴きながら、四谷から市ヶ谷へ向かって歩いています。
静かな通りです。
陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地の方へ向かって歩いていたときのこと・・・・・。
前から歩いてくる女性に見覚えがあるのです。
なんと、女優の遠藤美恵子さんではないですか。
周りには誰もいないのです。
彼女は普段着のワンピースがよく似合っています。
「こんにちわ。
いつも拝見していますよ。
よくお似合いですね。
お散歩ですか。」
正夫は思い切って話しかけてみました。
「ありがとうございます。
ちょっと気分転換に出てきました。
ご近所の方ですか・・・・・。」
「信濃町にアパートを借りてるんです。
でも、遠藤美恵子さんが、このご近所だとは知りませんでした。
よかったらサインなんかしてもらえると嬉しいな。
せっかくのお散歩中をお邪魔して申し訳ないんですが・・・・・。」
「いいんですよ、ファンの方あっての仕事ですから・・・・・。
何か書くもの持ってらっしゃるかしら。」
「あっ!
ちょうどサインペンを持っていました。
このTシャツの、この胸のあたりにお願いします。」
彼女は慣れた手つきでサインをしてくれました。
「ありがとうございます。
いい記念になります。
みんなに見せびらかしてやろうかな・・・。
あははははっ!」
「喜んでいただければ何よりです。」
「あのぉ、この上差し出がましいお願いで申し訳ないとは思うのですが・・・お散歩のお供を務めさせて頂ければ無上の喜びですが、駄目ですよね・・・・・。」
「もう帰るところなんですよ。
よかったら家まできます?」
「ほっ、本当ですか。
お邪魔なんかしていいのかなあ・・・・・。
でも、是非お願いします。
うれしいなあ!
今日が、こんなにいい日になろうとは思ってもみませんでした。
神さまからのご褒美でしょうか・・・・・。」
「まあっ!ウフフフフッ!」
正夫はご迷惑も顧みず、もうすっかりその気になっています。
そして、ひょっとしたら豪邸かなと思ったのでしょう。
案の定、立派なお宅でした。
総檜造りとでも言うのでしょうか、落ち着いた日本風のたたずまいです。
おまけに蔵まであるではないですか。
何が隠されているのでしょうか。
つい、そんな余計な詮索をしてしまいそうです。
ここ新宿区の四谷にあるのは別宅だそうで、本宅は神奈川県藤沢の鵠沼にあるそうです。
正夫の実家はお隣の北鎌倉ですので、何かとご縁がありそうです。
さっそくお風呂を勧められます。
もう舞い上がっていますから、何でも、ホイホイと従います。
人様のお宅へお邪魔してお風呂に入ることなど滅多にありませんが、それも又いいもんだなと思っているようで、正夫は伸び伸びと湯船につかっています。
木をふんだんに使った作りで、木でできた浴槽ですから風情があり、温泉にでも入った心地がするのでしょう、つい長湯をしてしまったようです。
勧められたバスローブで出てくると、冷たいレモネードが待っていました。
それを飲み干して、改めて本棚にずらりと並んでいる本の中に石原慎太郎の”太陽の季節”があるのに目を止め、手に取ります。
それは彼女のお気に入りの本の一つでした。
「その本の映画化された作品を見て、私は女優になることに決めたのよ。」
「へえーっ!そうなんですか。
僕は本も読んでないし、映画も見てないんです。
この本、貸して頂けますか?」
「いいわよ。
読んで御覧なさい。
面白いわよ。」
そうして正夫はアパートへ戻り、ベッドに横になりながら読み始めたのです。
そして半分ほど読んだところで、ユーチューブを調べてみましたところ、映画がアップロードされていましたので見てみることにしました。
映画は、ほぼ本の内容と同じように進んでゆきます。
石原裕次郎さんはこの映画でデビューされたということで、まだそれほど重要な役どころではない様です。
石原慎太郎さんも、ほんのわずか登場されますが、改めて写真を拝見いたしますと、大学生の頃なのでしょう、如何にもお若くて、こんなにお若い頃からご活躍なされておられたとは、やはりご才能なんだろうなと、正夫は感心することしきりの様です。
それにいたしましても、南田洋子さんがお綺麗です。
相手役は長門裕之さん。
このお二人は、その後ご結婚なされたようですね。
映画の感想として最初に疑問に思えたのは、(この映画で、どうして太陽族などという言葉が生まれ、話題になったのか?
べつにどうということはないではないか。)ということでした。
もっとも、正夫がこの映画を見たのが二〇二六年ですから、この映画ができたのは一九五六年であることを思えば、今から七〇年前の戦後間もない頃のことで、衝撃的だったのかもしれません。
それに残念に思えたのが、映画の終わり方です。
ハッピーエンドじゃないんですよね。
(どうしてなんだろう?)
正夫は、その疑問を胸に、さらに本を読み進めることにしました。
本を読み終わった正夫は思ったのです。
良くは分からないのですが、
英子《えいこ》が竜哉《たつや》の子を宿し、中絶手術をするのが遅くなったために帝王切開をすることになり、腹膜炎を併発して亡くなります。
それを、英子の自分に対する一番残酷な復讐ではないのか、彼女は死ぬことによって竜哉の一番好きだった、いくら叩いても壊れぬ玩具を永久に奪ったのだ、と竜哉は捉えるのです。
なぜ貴方は、もっと素直に愛することができないの、と訴えていた英子。
この本の最初に書かれた言葉であり、正夫の印象に残ったのが次のくだりです。
竜哉が強く英子に惹かれたのは、彼が拳闘に魅かれる気持ちと同じ様なものがあった。
それは、リングで叩きのめされる瞬間に抵抗する人間だけが感じる、あの一種驚愕《いっしゅきょうがく》の入り混じった快感に通ずるものが確かにあった。
試合で打ち込まれ、ようやく立ち直ってステップを整えるとき、あるいはラウンドの合間、次のゴングを待ちながら、肩を叩いて注意を与えるセカンドの言葉も忘れて、対角に坐っている手ごわい相手を喘ぎながら、ねめつける時に彼は、かつて何事にも感じることのなかった、新しいギラギラするような喜びを感じる。
とある様に、物事が旨くいかないときに闘志を燃やすというか、お互いに苛《いじ》め合うことに喜びを見出すという人物像が描かれていると正夫は感じたようで、美恵子さんと話し合ってみました。
「竜哉は、どうして英子のことを優しく労《いた》わってあげられなかったのか、なぜ傷つけることしか出来なかったのか、石原慎太郎さんは何故この様な物語をお書きになられたのか。
これではまるで悪い見本ではないですか。
そうですよね、反面教師的な、逆説的な、こんなことではいけないではないか、というお話を書かれたんでしょうね。」
「そうなのよ、そこが私も気に入っているのよ。
なんで、もっと素直に愛せないのって言いたくなっちゃうのよね。
それに男の人と違って女は子供ができるでしょ。
だから軽はずみなことはしちゃいけないのよね。
それを教えて頂けるいいお話だと思うわ。」
どうやらお互いに感ずるところは同じで、すっかり意気投合したようです。
後は冷やしたワインが出てきます。
パーシーフェースオーケストラの映画音楽が花を添える中、しばらく寛いでいたのですが改めて彼女の寝室に入ります。
すぐに目に入ってきたのは、キラビヤカなドレッサーでした。
それに、ダブルベッドが二つ並んでいます。
空いている窓から流れ込んでくる風の、そのいたずらの様なカーテンのそよぎ。
先ほどの部屋とはまた違って、ささやくように静かに流れるアストラッド・ジルベルトのボサノバ・・・・・。
この心地よいマジックの様な雰囲気。
それからというもの、すっかり遠藤美恵子さんと仲良くなった正夫は、人付き合いも、あんまり上手じゃなかったので、それが心配だったのでしょうけれど、それでも、取柄といっていいのかどうかは分からないのですが、可愛いところがあったようで、それでちやほやされていたのでしょう・・・・・それが役に立っているのかも知れないのです。
これからは遠藤美恵子さんのお宅へも、ちょくちょくお邪魔することになるかもしれません。
正夫は成り行きに任せました。
今日はドライブです。
美恵子さんが誘ってくれたのです。
正夫は又、美恵子さんのお宅へお邪魔して、朝食もご一緒しました。
メイドさんが三人おられるのです。
食後は蔵へ案内され、絵画や彫刻などの美術品の数々を拝見して寛いだ時を過ごしました。
そして車です。
アルファロメオのスポーツタイプで出発したのです。
車の中は美恵子さんの香水の香りが漂っていて、正夫はその香りに酔いしれていました。
車を走らせること一時間半ほどすると、だんだん山の中に入って行きます。
最近ご無沙汰をしていたのですが、正夫のお気に入りの箱根でした。
正夫は(どこまで行くんだろう)と思っているようですが、そうしているうちに、車は止まりました。
そこは、芦ノ湖のほとりだったのです。
車を降りて辺りを見回すと、人の姿は全く見えません。
「こんなところに何があるんですか。
誰もいないではありませんか。」
正夫が言うと、彼女は応えます。
「芦ノ湖といっても、この辺りには人もほとんど来ないわ。
ここが私たちだけの場所なのよ。
気に入った?」
そう言われて正夫が湖に目をやると、遠くのほうから手漕ぎのボートが近づいてきます。
だんだん近づいてくるボートには男と女が乗っているようです。
さらに近づいてきます。
オールを漕いでいるのは、やはり若い男です。
そして、やはり女も乗っています。
二人はどんどん近づいてきて、やがて湖畔にボートを着けます。
そしてボートを降りた女だけ、こちらへ歩いてくるのです。
「こんにちは。遅くなったでしょうか?」
「大丈夫よ。
こちらは正夫さん。
あなたの今日のお相手よ。」
「こんにちは。洋子です。
あら!正夫さんじゃないの、私よ、高校生の時に同じクラスだった・・・・・。」
「あっ!洋子ちゃん。どうして君が・・・・・。
どういうことなんですか。
説明してください。」
「ちょいと調べさせてもらったのよ。
あなたたちのこと・・・・・。
ここはね、会員制のプライベート・リゾートなのよ。
会員になれば誰でも利用できるんだけど、私たちは特別な会員になっているから、こうして何時でも特別に利用させてもらえるのよ。
どう、素敵な場所でしょう。」
確かに、自然に囲まれた静かな雰囲気のある場所です。
「あなたたち好きあっていたんでしょ。
此処で旧交を温めなさいよ。
懐かしいでしょ。
もう大人なんだから節度を守ってさ・・・・・。」
そんなことを言われてみると二人とも満更でもない様子です。
繁みの中に建っていたので分からなかったのですが、そこには立派なホテルがありました。
まるで西洋のお城を思わせるような造りです。
湖畔の所々にはパラソルと白いテーブルと椅子が置かれています。
ちょうどお昼なので、三人は湖畔で食事をする事にしました。
「あなたたち、仲良しだったんでしょう。
愛し合いなさいよ。
幼馴染の恋、再び燃え上がる。
どう、素敵よ。」
そう言って、美恵子さんは、笑うのです。
正夫も、そう促されてみると、少なからず燃えてきます。
「お部屋、取ってあるから自由にやりなさい。」
そう言って、美恵子さんは、促すのです。
「でも言っておくけど、軽はずみなことをしちゃあ駄目よ。
子供ができたら大変でしょ。
そこまで責任が持てるならいいけど、まだ無理でしょう。
いいわね、これだけは守ること、あとは自由よ。」
正夫も惹かれていた洋子さんが相手であると思えば、願ってもないこと。
部屋へ入ると二人とも、だんだんその気になって求めあいます。
しかし、監視カメラが仕掛けられているのには気付きませんでした。
翌日の朝食の時、美恵子さんが、さりげなく言うのです。
「よく撮れているわよ。
二人とも・・・・・。」
一瞬、何のことだか分らなかったのでしょう、が、あっと思ったようです。
「そうよ。
昨日の求め合い。
ちゃんと節度を守ってさ。
初々《ういうい》しかったわ。
フフフッ。」
(やられたーっ)、と思ったのでしょうが、もう遅かったのです。
「大丈夫よ。
こんなことで、ゆすったりしないから。
ただ、みんなで見て楽しむだけよ。」
翌日は、上映会でした。
ホテルの従業員が全員集まったところで、正夫と洋子の初々しい恋の一部始終が放映されます。
(恥ずかしい!)
二人とも真っ赤になっています。
でも、そのうち少し慣れてきたのでしょう、だいぶ落ち着いてきて、それでも恥ずかしいのは恥ずかしいのでしょうけれど、こうなってみればこうなったで、少なからず映画スターにでもなったような気分です。
正夫も洋子も、もう開き直っていました。
翌日・・・・・。
美恵子は、別宅に帰っていました。
洋子も連れて・・・・・。
洋子は美恵子とともに暮らすことになったのです。
美恵子は主に別宅の方で生活しています。
仕事に都合がいいのでしょう。
なにしろ、萩原財閥のお嬢様ですから、経済的に困ることは何もありません。
遠藤美恵子は芸名で、本名は萩原麗子。
知る人ぞ知る、社交界の有名人なのでした。
その日は日曜日で、朝から正夫と洋子さんは湘南シーサイドゴルフ場に来ていました。
茅ヶ崎と平塚にかけて広がっている、このゴルフ場は有名で、プロのゴルフトーナメントなどにもよく使われています。
海風が吹くので、なかなかの難コースとして知られているのです。
正夫は、潮風に吹かれながらティーショットを構えた途端に風向きが変わったので、改めて構えなおし、ショットを放ちます。
青い空に吸い込まれてゆくゴルフボール。
続いて、洋子さんの放ったボールも風に乗って飛んで行きます。
二人は気持ち良く汗をかき、リフレッシュするのでした。
そうしてコースを回り終え、クラブハウスに戻って一息ついていたところへ美恵子さんから洋子さんへの電話が入ります。
「お楽しみ中に何だけど、早く正夫君を連れて帰っていらっしゃい。」
(なんでしょう・・・・・?)
洋子はそう思ったのでしょうが、そのことを正夫に告げてから、ちょうど終わったばかりだったので、二人共ひとまずシャワーを浴びて気分を一新します。
そうして珈琲を飲んでから、二人は車に乗り込むのです。
音楽を楽しみながら車に揺られる二人。
ゆっくりと休日の余韻を楽しむのでした。
四谷の萩原家の別宅に着いてみると、美恵子さんが中から出てきます。
「おもしろいことになったわよ。」
そう言う美恵子さん。
リビングへ行くと、テレビがつけられているのです。
「これを見てごらんなさい。」
それは報道特集を録画したもののようでした。
そして、そこには、正夫と洋子のふれあいの一部始終の映像が映っているのです。
「ええーっ、どうしてっ!」
すると、美恵子さんが言うのです。
「私が頼んでおいたのよ。ビデオテープを送って。」
「えーっ、どうしてそんなことを・・・・・。」
「あなたたちの恋愛を世間に公表したかっただけよ。
幼馴染の恋ってね。
なかなか面白いでしょう。」
美恵子さんは、そう言って笑っている。
「ひどいじゃないですか。
僕たちは、ただ愛し合っていただけなのに・・・・・。」
「あなたたちに、こんなこと平気になってほしかったのよ。
どう、もう怖いもの無いでしょう。
何でも来いじゃないの。
あなたたち映画俳優にならない。
推薦してあげるから。
きっと、いい俳優さんになれるわよ。」
そう言って美恵子さんは笑うのです。
言われてみれば確かにそうだなと二人は思います。
二人とも大学生ですから学業の傍《かたわ》ら、アルバイトとして俳優業に手を染めてみるのも悪くはないな、などと腹をくくるのです。
何のことはない、二人とも美恵子さんに鍛えられたことを実感するのでした。
眩しい青空が広がっています。
爽やかな潮風です。
波の打ち返す音が耳に心地よく聞こえています。
沖ではヨットが帆に風をはらんで、波間を切り拓いて進むのです。
砂浜の方ではサーフボードが、若い男女に操られて滑ってゆきます。
「先生、今日は釣れませんねえ。
どうですか、場所を変えてみませんか。
ほぼ何時でも釣れる場所があるんですよ。
型は小さいですけどね・・・・・。」
「ああ、橋のたもとだね。」
「御存じだったんですか・・・・・。」
ここは江ノ島の岩場なのです。
その昔、江ノ島ができた頃に流れ込んだ溶岩が、平らに固まったのではないかと思われる岩場。
じつに平らなのです。
ゴロゴロした岩など見当たりません。
島と岩場の際《きわ》は、ちょっと怖いぐらいの崖になっているので岩場へ行くときに、その下を通らなければならず、石や何かが落ちてきやすまいかと心配になるほどです。
探偵あきらは助手の村山君と釣りに来ています。
ところが、どういう訳か、今日は坊主なのです。
「チンチンを釣ってもしょうがないだろう。
今日のところは引き上げるとしようか。」
「そうですね、そうしましょうか。」
二人は道具をしまい始めます。
「どうだね村山君。
江ノ島饅頭でも食べていこうか・・・・・。」
「そうですね先生。
そうしましょう。」
二人は岩場を後にして、江ノ島神社の参道へ向かいます。
店先に積まれた蒸籠《せいろ》からは湯気が噴き出しているのです。
いかにも食べて行けと言わんばかりに。
程良く蒸しあがっていることでしょう。
店の中に入った二人は、さっそく注文します。
「江ノ島饅頭、二人前!」
すぐに運ばれてきます。
そして頬張った二人。
わずかながらの憩いのひと時です。
甘さも程良いのでしょう。
二人は美味しく頂いたようです。
お茶を飲みながら寛いでいると青山の事務所で留守番をしている秘書のやす子ちゃんから電話が入ります。
なんでも警視庁の中村警部が相談したいことがあるので戻ったらご連絡をいただきたいとのこと・・・・・。
二人は、しばしの趣味の時間を、それなりに楽しめたのでしょう、満足そうです。
そうして名残を惜しみながら車に戻ると、江ノ島を後にして帰路に付きました。
青山の事務所に戻ったあきらと助手の村山君を待っていたのは中村警部でした。
「帰って早々に申し訳ないんだが、君に手伝ってもらいたい事件があってねぇ・・・・・それで押し掛けたってわけなんだよ・・・・・。」
「それで・・・・・事件というのは・・・・・。」
「いやあ・・・・・いつも君に鼻を明かされてばかりだからねぇ・・・・・今度は先回りしようと思ってね・・・アハハハハッ!」
「というと、例の怪盗アマンですか・・・・・。」
「そうそう、察しが早いね・・・そう、それなんだよ、怪盗アマン。」
「それで今度は何を盗み出そうというのですか・・・・・。」
「それなんだがね、実は萩原財閥が狙われているんだよ。
萩原氏の鵠沼《くげぬま》の御屋敷に所蔵されている絵画、ゴッホの「ひまわり」を頂戴いたす、というんだね。
ほら、あの、なんだっけな、そうそう、あの女優の遠藤美恵子の邸宅だよ。
一週間後がその期日なんだ・・・・・。
もちろん警察の方でも万全の態勢で臨むんだがね、どうだろう、君にもぜひ協力してもらいたいんだが、駄目かね?」
「私の出る幕でもないでしょう。
アマンの出方を見てみようじゃないですか。
警察のお仕事に、私のような者が出しゃばっては威信にかかわるでしょう。
協力させて頂きたいのは山々ですが・・・・・。」
「そうかね、やっぱり駄目かね。
いや、それならいいんだ。
そうだよね、依頼の費用も出せないんだから・・・アッハッハッハッハ!」
そう言って中村警部は帰っていきました。
中村警部はアマンの事件には総べて関わっているのです。
アマンの事件には中村警部、ということが通説になっていて、どこからでもお呼びがかかるのです。
そしてアマンの指定した期日・・・・・。
萩原邸の応接間の壁に掛けられていたゴッホの「ひまわり」。
それは、いつの間にか偽物にすり替わっていたのです。
警察の厳重な警備にもかかわらず、まんまとアマンに持ち去られてしまったのです。
警察官が数人で寝ずの番をしていたにもかかわらず・・・・・。
しかも、いつものように手掛かりは何も残されていません。
いつもながら警察は頭を抱えてしまったのです。
そして、数人で寝ずの番をしていた警察官が言うのです。
「真夜中の二時ごろでした。
庭の方からアマンの声が聞こえてきたのです。
それは偽物だ。
これが本物の「ひまわり」だ、と。
我々は庭に出てみました。
四~五分だったでしょうか、我々はアマンを探しました。
その時です。
全員が「ひまわり」の前を離れたのは。
うかつでした。
申し訳ございません。」と。
それならばと萩原氏は、花房探偵事務所に捜索を依頼します。
探偵あきらは入念に捜索を進めるのです。
(絵画はどのようにして運び出されたのか?)
あきらは、まずは、そこが気になったようです。
しかし、どう考えても運び出された形跡はないのです。
(これはいったい、どういうことだろうか・・・・・?
まだ屋敷の中にあるのではないのか?)
そう思ったのでしょう。
そこで、あきらは屋敷の中を徹底的に調べ始めました。
そうしたところ、案の定、納屋の中に藁《わら》でくるまれた状態で「ひまわり」は見つかったのです。
これには萩原氏も喜ばれました。
そして、探偵あきらを称えるのです。
反対に警察は面目をなくすばかり。
穴があったら入りたいとは、こういうことを言うのでしょう。
今回も警察の敗北でした。
秋晴れの、澄んだ青空の広がった好日のことでした・・・・・。
それにしてもアマンはなぜ、「ひまわり」を持ち去らなかったのでしょうか・・・・・?
それは、彼は只々スリルを味わうことに、無上の喜びを見いだしているだけなのだからでしょうか・・・・・。
萩原邸の庭の楓は、真っ赤な血の色に染まったかのような鮮烈なもみじを散らしているのです。
これからの寒さを象徴するかのように・・・・・。
