2026/09/24 05:33
はじめに
恵まれていた子供の頃。
可愛い可愛いで、ちやほやされていた。
しかしそれは、いつまでも通用しない。
なのに自分には、それしかできなかった。
アハハハハ!
お笑いください。
陽だまりの道
藤本英明
思い出すのは中学生の頃・・・・・。
一つ年上の先輩、ひろみちゃんが信友紹介に誘ってくださったことです。
「ひで坊、行こう!」
自転車で我が家まで来られて、誘ってくださいました。
もちろん信友紹介をさせて頂くなんて思いもよらないことです。
それでも、せっかく来てくださったのだからお断りすることもできず、しぶしぶではありましたが自転車に乗ってお供をさせて頂きました。
ひろみちゃんが訪問されるのは、見知らぬ方のお宅なのか、或いは入会しようかどうかを迷っておられる方のお宅なのかは分からなかったのですが、一軒一軒をまわって、信仰をお勧めなさっておられました。
もちろん私は一言もしゃべれません。
ただついて回るだけです。
後年知ったことですが、ひろみちゃんは宗教家になられたそうです。
人間が違います。
中学生で、この違いです。
私の、いつまで経ってもうだつの上がらないのは、この時点で明白でしょう。
私は信仰の大切さ、素晴らしさは感じていながら、今一つ身を入れることができなかったのです。
皆様方のご信仰の体験談を聞かせて頂くにつけ、内心(自分は偉そうだから、とても皆さんの様には信仰できないな)と尻込みをしていたのです。
小学校三年生の頃でしたか、家でも勉強をする必要があるなと感じて母に告げましたところ、さっそく机を買ってくれ、大工さんにお願いして壁に窓まで作ってくれて、その窓際が勉強場所になりました。
そして生まれて初めて家でも勉強することになったのです。
社会科の教科書でしたか、机に広げて読み始めました。
ノートにまとめようと思ったのです。
ところが、あまりよく頭に入りません。
おまけに字もきれいに書けないのです。
ムカムカッとしてきます。
(ああ、もう嫌だ!)
勉強を投げ出し、さっさと山へ遊びに行ってしまいました。
それからは二度と家では勉強をしようとはしなかったのです。
それでも何度か試みてはみました。
でも、いつも同じで、勉強が手につかなかったのです。
そんなことですから、学校では勉強していたものの、分からないところも出てきます。
しかし、予習も復習もしないのです。
だんだん分からなくなってゆき、人よりも遅れてゆきます。
とうとう中学生になったころには、先生に指されても、「分かりません!」と応えることが多くなってゆきました。
やがて高校受験です。
それでも漠然とではありましたが行きたいと思っていた県立高校。
でも残念ながら落ちてしまいました。
それならば浪人をしてでも、あくまで県立高校を目指すかといえば、そんな気持ちもありませんでした。
(仕方がないな、勉強してないんだから・・・・・)と、我ながら納得していたものです。
そして推薦入学で受かった私立高校は、入試も易しかったので(こんな問題なんか誰だって解ける)と馬鹿にしましたし、校則で頭を坊主にしなければならないのも恥かしくて堪えられず、中退してしまいました。
こんな時こそ教会の先生に相談させて頂けばよかったのでしょうけれど、誰にも相談させて頂こうとはしていなかったのです。
以前こんなことがありました。
足をねん挫した時でしたか、教会の先生に解説をして頂いたのです。
ところが、(どんなに怒られるだろう!)と縮こまって、怖くて怖くて堪らず、とうとう一言もしゃべれませんでした。
家では我儘一杯にしていて甘えていたことに、少しは自覚があったからだと思います。
そんなことでしたから、中退をする前に思ったのです。
(こんなことではだめだ。
そうだ、教えの話は聞いているのだから自分の力で何とかしよう)と。
にもかかわらず、近所の子供たちと遊んでばかりいる私を見かねた母が、親戚のところへ行かしてくれたのです。
やがて東京へ出て働き始めます。
まずは牛乳配達。
写真が好きだったので写真関係の仕事。
でも社長は毎年アメリカへ撮影旅行に出かけられます。
そしてアルファロメオを乗り回しておられるのです。
それなのに自分は中々裕福になれない。
社長並みになりたいのに中々なれない。
それに腹を立てて仕事をやめてしまいました。
実家へ帰って車を買ってもらい、遊んでいましたが、また関東へ戻り、勤め始めたのです。
そうした或る日。

